●前編『華族探偵』
『ピンカートン・ジャパン』という会社を知っているだろうか。
探偵の名門『ピンカートン』の支社として三年前に設立した、業界では新参にあたる会社である。
年間解決件数は数百件にも及び、複数の案件を同時にこなすことも辞さない精力的な姿勢で、同業内からも高い評価を得ている。
中でも社長である『華族探偵』は、著名な探偵組織『探偵同盟』のメンバーとして活躍しており、業界の外にすら名前が知れ渡っているほどだ。
まさしく探偵業界の将来を担うスター。探偵マドンナ。
今では、かつての名声を失って久しいピンカートンの救世主。
などなど、評判を挙げれば枚挙に暇がない。
しかし、その実態はなかなかに悲惨であった。
「事件が解きたいですわー!」
かしましい声が、段ボールだらけのオフィス内に反響する。
無個性なオフィスには不釣り合いなアンティーク調のウッドテーブルと、豪勢な四足椅子。
その椅子に、シワひとつない純白のスーツ姿の女性が座り、天井を仰いでいた。
スーツにはフリルや装飾が多分に盛り込まれ、サイドにまとめられた髪は巻き貝のようにカールを巻いている。大人びた服装に反して顔立ちには少女らしさが残っており、不機嫌そうな表情でも、不思議と愛嬌を感じさせた。
彼女こそ、件《くだん》の『華族探偵』。
この段ボールだらけのオフィスの社長《オーナー》である。
「ツナオ! 来なさい、ツナオ!」
「常雄です、お嬢さま」
華族探偵が呼びかけると、スーツ姿の男性が奥から現れ、深々とお辞儀をした。
その手には携帯電話《スマホ》が握られており、視線は華族探偵ではなく、スマホの画面に向かっている。イヤホンまで、しっかりと耳にはめられている状態だ。
「あなたの名前などどうでもよろしいですわ! というより、主人に呼ばれたというのに、何故スマートフォンを片手にしておりますの!?」
「子役の演技がスゴいと話題の昼ドラ『日廻《ひまわり》』の時間でして。探偵助手として、主人に代わって情報収集に励んでいる最中です」
「なーにが情報収集ですか! 業務時間中なのですから、しっかりと目の前の仕事に励みなさい!」
ひとしきり叱責し終えたのち、華族探偵はやっと本題を口にする。
「そもそも、ワタクシが在庫の整理などしているのが問題ですわ! 一体いつまで続けなければなりませんの? ワタクシは探偵ですのよ!?」
「ですがお嬢さま、このオフィスは元々、商品在庫の整理をするという条件の元、本社の倉庫をオフィスとして使わせてもらっているものです。在庫の整理も立派な職務かと」
「そ、それは分かっておりますけどねぇ! ここまで量が多いと、気が滅入るじゃありませんの!? 大体、本社は警備会社なのに、何の在庫を用意しているのかさっぱりですわ!」
「ピンカートン印の護身グッズですよ。この国は『明けぬ夜事件』以降、凶悪犯罪が増えましたからね。護身グッズがトレンドで、よく売れるんです」
「フン……如何にも庶民的発想ですわね。グッズを買うくらいなら、ワタクシのように、武道のひとつでも習えばよろしいんですわ」
「そんなことより、休憩がてら一緒に昼ドラを観ましょう。ほら、話題の子役が出てきましたよ」
「あら可愛い……って、業務時間中だと言っているでしょう!? そんなもの、観せないでくださいまし!」
華族探偵はひとしきり怒鳴ると、大きな段ボールをみっつ一気に抱えて、倉庫の奥へと運び始めた。
文句を口にしながらも手は抜かない。
真面目な性分が行動に表れているのだろう。
しかし、不満なのは事実であるようで、荷物を運びつつも、常雄への糾弾は続いていく。
「ツナオ、新たな依頼は来ておりませんの!?」
「迷子の猫探しの相談が1件。浮気調査が2件。家出した老人の捜索依頼が1件です」
「そういう依頼ではございませんわ。もっとワタクシにぴったりな、ゴージャスで、エレガントな依頼のひとつやふたつ、来ていないのかと聞いているのです!」
「捜査依頼の対象となる猫は、ペルシャ猫ですよ。しかも血統書付き。実にゴージャスです」
「猫のゴージャスさではありませんわっ! もう! ワタクシはピンカートン家の末裔ですのよ!? 何が悲しくて、迷子探しや浮気調査などやらなければなりませんの!?」
「どのような内容でも依頼は依頼。好き嫌いをすると大きくなれませんよ?」
「い、いつまでも子ども扱いしないでくださいまし! ワタクシ、もう今年で二十歳ですのよ!? 心外ですわ!」
プリプリと怒る華族探偵に苦笑を返し、ツナオと呼ばれる男性は言葉を続ける。
「さてお嬢さま、どうされますか? 我社の探偵は現在、夏虫探偵はG県の山中で、伝説のアサギオオカブトを捜索中。半罪探偵は、不良少女の更生中。物理探偵は、依頼解決のためにレベル上げの最中です」
「でしたら、その辺の庶民的な探偵におまかせなさい。何でも自社で請け負っていたら、会社が回らなくなりますでしょう?」
「お嬢さまの仰せのままに。つまり、私たちスタッフがオーバーワークとなるのは避けたいため、当社と業務提携している探偵社に捜査を委託せよ、ということですね?」
「相変わらず、ツナオの言うことはよく分かりませんわね……まぁ他の会社におまかせできるなら、そのようになさい。条件はまかせますわ」
「つまり、相手の言い値で委託する……と。目先の利益よりも将来の信頼をとるとは、流石ですお嬢さま。業界内でピンカートン・ジャパンの評判は、また上がることでしょう」
「よく分かりませんけど、ワタクシを褒めておりますのね? いい心がけですわよ、ツナオ! もっと褒め称えなさい! オホホホホ!」
華族探偵が幼少の頃から彼女に仕える執事、一条常雄。
一見すれば不真面目に見えるが、実はピンカートン・ジャパンの業績は、彼の敏腕によって支えられている。
『ピンカートン・ジャパン』という会社を知っているだろうか。
探偵の名門『ピンカートン』の支社として三年前に設立した、業界では新参にあたる会社である。
年間解決件数は数百件にも及び、複数の案件を同時にこなすことも辞さない精力的な姿勢で、同業内からも高い評価を得ている。
中でも社長である『華族探偵』は、著名な探偵組織『探偵同盟』のメンバーとして活躍しており、業界の外にすら名前が知れ渡っているほどだ。
まさしく探偵業界の将来を担うスター。探偵マドンナ。
今では、かつての名声を失って久しいピンカートンの救世主。
などなど、評判を挙げれば枚挙に暇がない。
しかし、その実態はなかなかに悲惨であった。
「事件が解きたいですわー!」
かしましい声が、段ボールだらけのオフィス内に反響する。
無個性なオフィスには不釣り合いなアンティーク調のウッドテーブルと、豪勢な四足椅子。
その椅子に、シワひとつない純白のスーツ姿の女性が座り、天井を仰いでいた。
スーツにはフリルや装飾が多分に盛り込まれ、サイドにまとめられた髪は巻き貝のようにカールを巻いている。大人びた服装に反して顔立ちには少女らしさが残っており、不機嫌そうな表情でも、不思議と愛嬌を感じさせた。
彼女こそ、件《くだん》の『華族探偵』。
この段ボールだらけのオフィスの社長《オーナー》である。
「ツナオ! 来なさい、ツナオ!」
「常雄です、お嬢さま」
華族探偵が呼びかけると、スーツ姿の男性が奥から現れ、深々とお辞儀をした。
その手には携帯電話《スマホ》が握られており、視線は華族探偵ではなく、スマホの画面に向かっている。イヤホンまで、しっかりと耳にはめられている状態だ。
「あなたの名前などどうでもよろしいですわ! というより、主人に呼ばれたというのに、何故スマートフォンを片手にしておりますの!?」
「子役の演技がスゴいと話題の昼ドラ『日廻《ひまわり》』の時間でして。探偵助手として、主人に代わって情報収集に励んでいる最中です」
「なーにが情報収集ですか! 業務時間中なのですから、しっかりと目の前の仕事に励みなさい!」
ひとしきり叱責し終えたのち、華族探偵はやっと本題を口にする。
「そもそも、ワタクシが在庫の整理などしているのが問題ですわ! 一体いつまで続けなければなりませんの? ワタクシは探偵ですのよ!?」
「ですがお嬢さま、このオフィスは元々、商品在庫の整理をするという条件の元、本社の倉庫をオフィスとして使わせてもらっているものです。在庫の整理も立派な職務かと」
「そ、それは分かっておりますけどねぇ! ここまで量が多いと、気が滅入るじゃありませんの!? 大体、本社は警備会社なのに、何の在庫を用意しているのかさっぱりですわ!」
「ピンカートン印の護身グッズですよ。この国は『明けぬ夜事件』以降、凶悪犯罪が増えましたからね。護身グッズがトレンドで、よく売れるんです」
「フン……如何にも庶民的発想ですわね。グッズを買うくらいなら、ワタクシのように、武道のひとつでも習えばよろしいんですわ」
「そんなことより、休憩がてら一緒に昼ドラを観ましょう。ほら、話題の子役が出てきましたよ」
「あら可愛い……って、業務時間中だと言っているでしょう!? そんなもの、観せないでくださいまし!」
華族探偵はひとしきり怒鳴ると、大きな段ボールをみっつ一気に抱えて、倉庫の奥へと運び始めた。
文句を口にしながらも手は抜かない。
真面目な性分が行動に表れているのだろう。
しかし、不満なのは事実であるようで、荷物を運びつつも、常雄への糾弾は続いていく。
「ツナオ、新たな依頼は来ておりませんの!?」
「迷子の猫探しの相談が1件。浮気調査が2件。家出した老人の捜索依頼が1件です」
「そういう依頼ではございませんわ。もっとワタクシにぴったりな、ゴージャスで、エレガントな依頼のひとつやふたつ、来ていないのかと聞いているのです!」
「捜査依頼の対象となる猫は、ペルシャ猫ですよ。しかも血統書付き。実にゴージャスです」
「猫のゴージャスさではありませんわっ! もう! ワタクシはピンカートン家の末裔ですのよ!? 何が悲しくて、迷子探しや浮気調査などやらなければなりませんの!?」
「どのような内容でも依頼は依頼。好き嫌いをすると大きくなれませんよ?」
「い、いつまでも子ども扱いしないでくださいまし! ワタクシ、もう今年で二十歳ですのよ!? 心外ですわ!」
プリプリと怒る華族探偵に苦笑を返し、ツナオと呼ばれる男性は言葉を続ける。
「さてお嬢さま、どうされますか? 我社の探偵は現在、夏虫探偵はG県の山中で、伝説のアサギオオカブトを捜索中。半罪探偵は、不良少女の更生中。物理探偵は、依頼解決のためにレベル上げの最中です」
「でしたら、その辺の庶民的な探偵におまかせなさい。何でも自社で請け負っていたら、会社が回らなくなりますでしょう?」
「お嬢さまの仰せのままに。つまり、私たちスタッフがオーバーワークとなるのは避けたいため、当社と業務提携している探偵社に捜査を委託せよ、ということですね?」
「相変わらず、ツナオの言うことはよく分かりませんわね……まぁ他の会社におまかせできるなら、そのようになさい。条件はまかせますわ」
「つまり、相手の言い値で委託する……と。目先の利益よりも将来の信頼をとるとは、流石ですお嬢さま。業界内でピンカートン・ジャパンの評判は、また上がることでしょう」
「よく分かりませんけど、ワタクシを褒めておりますのね? いい心がけですわよ、ツナオ! もっと褒め称えなさい! オホホホホ!」
華族探偵が幼少の頃から彼女に仕える執事、一条常雄。
一見すれば不真面目に見えるが、実はピンカートン・ジャパンの業績は、彼の敏腕によって支えられている。