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姫神の巫女

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(零)
煌々と辉く満月の下で———。
二つの影が向かい合っていた。
一人は天の月を背负い、剣を手にした少女。
一人は母なる大地を背に、月と少女を见上げていた。
二人は対になる存在であった。
同じ日、同じ时に生まれ、
同じ神のしるしを刻まれ、
十五歳の诞生日に、同じ故郷を离れ、
唯一にして无二なるさだめの星の下に生まれたのだった。
月の少女の右手には剣が握られており、その切っ先は、地に倒れた少女の胸元に突きつけられていた。
剣の切っ先がゆっくりと动き、地の少女の服の胸元を切り裂いていく。
年顷の少女にしては薄い胸が露わになる。
そこには淡く辉くトキ色のしるしが刻まれていた。
「あなたが『御神娘(みかみこ)』のしるしを刻まれしもの」
「……」
地の少女がこくりと颔く。
「私もそう。もう一人の『御神娘』」
「……あなたが」
「他の谁にもあなたを伤付けさせない」
「……」
「我が『御神娘』の名において、私があなたを杀す」
その声には、なんの気负いも、踌躇いもなかった。
朝起きたら颜を洗うかのように、毎日当たり前に缲り返してきたことを、ただ行うだけ。
それはまるで寒々とした冬の夜空に浮かぶ月の光のような、この世のものではない冥府から响いてくるかのような…。
そんな静かな底知れぬ冷たさがあった。
无论、それは言叶游びなどではない。
月の少女の足下には、人影———少女の同胞———が倒れ伏しているのがその确かな证だ。
しかし、死の宣告を受けたはずの地の少女の瞳には、畏れも、憎しみも、哀しみもなかった。
ただ真っ直ぐに、ただひたすらに、月の少女の姿を捕らえていた。
その瞳は感激に润み、その頬は羞耻に赤く染まっていた。
その眼差しと、その雰囲気と、
月の少女の缠った『冷たさ』とは全く対照的な何かが含まれていた。
木漏れ日の暖かさと、无邪気さと、
地の少女がゆっくりと口を开く。
「うん……判った」
「……?」
「それでいいよ。あなたが私を杀していいよ」
月の少女の瞳が惊きに见开かれる。
「その代わりね…お愿いを一つだけきいて欲しいの」
「お愿い?」
「いいかなぁ?」
そう言って、少女は少女に微笑んだ。



1楼2010-08-26 06:02回复
    (壱)
    东京某所。
    小さな私鉄の駅が建っている。
    改札口からすぐに右に折れた先、三本目の柱の阴に、一人の少女が立っていた。
    女子校の制服らしいブレザーに身を包み、亜麻色の髪を大きな白いリボンで结んでいる。
    低目の背、なだらかな肩、丸い颜と相まって、全体的に子供っぽい印象がある。
    美人でも不美人でもない。まあ可爱らしい容貌なのだが、この人込みの中にいると、まるで目立てない感じだ。
    时折、紫阳花色の瞳で腕时计を覗きながら、そわそわと视线を动かす。そんな仕草も何処か森の小动物じみて见える。
    「媛子(ひめこ)」
    靴音を响かせて现れたのは、古风な面持ちの黒いセーラー服姿の少女だ。
    濡れ羽色の黒髪と、すらりと伸びた手足、制服の上からも判る豊かな胸。
    未踏の成层圏の如き辉きを称えた蓝色の瞳。
    媛子と呼ばれた少女とは対照的に、道行く谁もが振り返り、见とれる美貌…何処かこの世のものではないような幻想的な雰囲気を缠っている。
    「千华音(ちかね)ちゃん」
    媛子が嬉しそうな声を上げて、パタパタと千华音へと駆け寄っていく。
    まるでご主人を出迎える子犬のように。
    「ごめんなさいね。遅くなって」
    千华音が口を开く。
    霊峰の空気さながらの凛と澄み切った声だ。
    「そ、そうじゃないよ。私が早く来すぎちゃっただけで……」
    モジモジと媛子が応える。
    「ならいいけれど……行きましょう」
    「う、うん」
    二人は肩を并べて歩き出す。
    电车の中でも二人は他爱ないおしゃべりを続ける。
    といっても话しかけるのは主に媛子の方だ。
    学校で撮った写メのこと。
    新発売のリップが高くて买えなかったこと。
    クラスの女の子たちが星占いサイトの话题、今周のラッキーカラーの话で盛り上がったこと。
    とりとめのないおしゃべりを、千华音は时折あいづちを挟みながらにこやかに闻いている。
    「千华音ちゃんは何座生まれだっけ?   私もそのサイトを调べてきたんだよ」
    得意気に携帯を取り出し、操作を始めるのを见て、千华音は言う。
    「一绪でしょう?   私たち」
    「あ、そ、そうだよねぇ」
    媛子は耻ずかしさに頬を染めて俯く。
    そんな媛子を见るたびに千华音はあるものを思い出す。
    今はしゃいでいたかとおもうと、ちょっとしたことですぐにしょげかえってしまう。
    くるくるとめまぐるしく変わる表情は、まるで———。
    幼い顷、祖母の部屋にあった玩具——そう『万华镜』という名前だった。
    色とりどりに着色された细片たちが廻りながら様々な色彩や模様を形づくっていく。
    にぎやかで、华やかで、そして———。
    「それから?   何」
    「え?」
    「今日の运势はどうなってるの?   私たちの」
    「え、ええとね…あのね」
    慌ててデータ画面を覗き始める。
    万华镜がまたくるくると回り出す。
    そんな姿を见守りつつ、千华音は思う。
    私たちは、周りからは、どう见えるのだろうかと。
    はたから见ている分には、仲の良い姉妹か、长いつきあいの幼なじみのようにしか见えない。
    谁が自分たちを见て思うだろう?
    爽やかな笑颜も、弾む会话も、全て伪り。
    ただのお芝居なのだと。
    互いを杀し合うさだめの星の下に生まれた少女たちの束の间の『ままごと』なのだと。
    本当になんなのだろう?
    この奇妙な関系は———。
    全てはあの日あの时…月光の下での誓いから始まったのだと。
    


    2楼2010-08-26 06:02
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      (弐)
      千华音と媛子は日本海に浮かぶ离れ小岛、杜束(とつか)岛生まれの少女である。
      その杜束岛には门外不出の伝承が伝えられていた。
      岛の中心に镇座する神峰、美和山には大いなる祟り神、大蛇神(おおかみ)が封じられている。
      封じられた祟り神が目覚めるとき、その怒りは山を揺るがし、海を割り、岛を饮み込むと伝えられている。
      恐るべき祟り神を镇めるために行うのが、『御霊镇め(みたましずめ)』の祭である。
      岛の一族の中で、ある时、同じ日、同じ时に、身体の何処かに证を持った二人の『御神娘』が生まれる。
      大蛇神に选ばれし娘、『御神娘』の使命はただ一つ。
      十五歳の诞生日から命を赌けて闘いあうこと。
      そして、胜った『御神娘』は、败れた『御神娘』の命を、十六歳の诞生日に、大蛇神に奉じ荒ぶる魂を镇めなければならない。
      その仪式の名を『奉天魂(ほうてんこん)』と言う。
      この度、大蛇神に选ばれたのは、日之宫(ひのみや)家の娘、媛子と皇月(こうづき)家の娘、千华音であった。
      二つの家は総力を上げて、娘に极秘の大特训を施す。
      『御神娘』の身体には人智を越えた大蛇神の力が分け与えられているが故に锻えれば锻えるほどにその力を増していく。
      自家の娘が胜てば、家の者は晴れて岛の支配阶级である长老众の一门と认められ、栄誉と特権を手に入れることができる。
      皇月家の大特训のかいあって千华音はめきめきと腕を上げていった。
      十歳を超すころには、风の速さと、刃の锐さを并せ持つ超一流の戦士へと成长した。
      その手で『御神娘』を倒すことを心に誓いながら。
      そして二人の十五歳の诞生日に、一つの事件が起こった。
      『日之宫家』の『御神娘』、媛子が突然、岛から姿を消したのだ。
      この闘いにおけるタブーは二つしかない。
      『岛民以外の者に伝承の秘密を漏らすこと』
      むやみに第三者を巻き込んで事件を大きくしてしまうこともこれに繋がる。
      『十六歳の诞生日を前に、相手の『御神娘』を杀してしまうこと』
      それ故に、いつの间にかだまし讨ち、目くらまし、待ち伏せなどの策略を立てることが当たり前のことになっていた。
      むしろ一年间でどれだけ相手にダメージを与えられるかが『御霊镇めの仪』の胜负の分かれ目なのだ。
      させはしない…と千华音も追って岛を飞び出した。
      高校生として転校を缲り返しつつ媛子を捜索、ついに东京の某高校に潜んでいることを突き诘めた。
      喜び勇んで千华音は、夜の东京を走った。
      物心が付いた顷からの标的。
      肌を裂き、血を流し、その身に痛みと技を刻み込み、
      燃える闘志と冻てつく冷彻さを心と头に叩き込んで、
      夜の月に、その姿を重ね、
      睑の裏に、その技を浮かべ、
      焦がれるよう、滚らせるように、疼くように、ただひたすらに想ってきた。
      心の中で、千の出会いと万の闘いを缲り広げてきた运命の相手に。
      やっと……やっと会えるのだ。
      待ちに待った出会いの予感に、千华音は胸が高鸣っていくのを感じる。
      いけない———。
      千华音は引っさげた太刀を握る手に强く力を込める。
      钢の坚さと、冷たさが千华音の心をひんやりと镇めていく。
      热くなりすぎてはいけない。热は力にもなるが、また隙にも繋がるのだから。
      千华音は己に言い闻かせる。
      私は夜空に浮かぶ月だ。
      热を持たない冴えた辉き。
      それが私なのだと。
      何千、何万回と缲り返してきた己への戒め。
      ついに、夜の东京のあるビルの屋上で。
      


      3楼2010-08-26 06:53
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        千华音は媛子の姿を捕らえたのだ。
        それは异様な光景だった。
        ビルの屋上に见える三つの人影。
        床に倒れた媛子を见下ろすツインテールの髪型の娘と、セミロングでメガネの娘。
        ツインテールが刃をちらつかせながらせせら笑っている。
        メガネの娘が呆れたように首を振っている。おそらくツインテールの油断を谏めているのだろう。
        媛子の制服のあちこちが切り裂かれ、下着と白い肌が覗いている。
        その生地がうっすらと赤く染まっている。
        あれは———日之宫の『御神娘』、媛子の血だ。
        考える前に、思う前に千华音は奔っていた。
        音も无く、気配も立てず、つむじ风のように二人に迫る。
        必杀、必胜の间合いまで、十歩、五歩…。
        「!?」
        やっと二人が振り返る。
        大きく床を蹴って、夜空へと飞び退る。
        同时に、メガネの娘の手が翻り、银光が次々と迸る。
        メガネの娘が投げたのは忍びが使っていたと言われる『镖(ひょう)』に似た刃物だ。
        かなり投げづらいが、刃が目标に刺さらなくとも、その重さでダメージを与えることができる。
        しかも、十数本の『镖』を上、中、下に散らし、タイミングをずらして投げている。
        これでは一つの『镖』を避けても别の『镖』に当たってしまうだろう。
        最悪でもツインテールの娘が体势を立て直す时间は稼げるはず…それを狙ったのだ。
        息のあった良い连携だ。二人での闘いに成れているのだろう。
        并の『使い手』、いや『手练れ』を相手にしても充分通じる技ではあった。
        しかし、千华音は『御神娘』だ。
        千华音は更に速さを増し、ツインテールの娘に肉薄する。
        ツインテールの娘の手刀が念る。
        锐く早い空気が焼け付くような一撃だ。
        しかし、千华音は难なく身をかわす。
        锻え抜いたこの身には、そよ风に舞う羽根も同然、当たるはずもない。
        千华音は体制の崩れたツインテールの手首を掴み、引き寄せる。
        迫る『镖』への楯としたのだ。
        夜空にツインテールの娘の悲鸣が响く。
        着地した千华音は无造作にツインテールの娘の手首を放す。
        意识を失ったツインテールの娘が力なく床に崩れ落ちる。
        身体の数カ所に『镖』が当たったのだ、たとえ致命伤ではなくても、しばらくは立つことも叶うまい。
        数メートル背后に着地したメガネの娘が『镖』を构えている。
        息づかいと杀気に剥き出しの感情を感じる。
        圧倒的な力の差を前にした惊愕と畏れ…そして相棒を倒された怒り…だろうか。
        千华音はゆっくりと振り返る。
        夜の月がその美貌を照らし出す。
        メガネの娘の表情が惊きに强张る。
        「『み、御神娘様』……」
        その手から『镖』が床に坠ち、钝い音を立てる。
        やっと自分たちがどこの谁を相手にしているか判ったらしい。
        「も、申し訳ございません。まさか…『皇月の御神娘様』とは思わず…お手向かいを」
        メガネの娘が慌てて跪く。
        この二人は皇月の家に仕える『九蛇卵(くだら)』だ。
        探索や暗讨ちなどの裏仕事を生业とした技能者で、何度か千华音の训练の相手をしたこともあった。
        だが千华音が命じていたのは。『日之宫の御神娘』の捜索のみ>訾筏剖证虺訾筏皮悉胜椁胜い葏椕蛳陇筏皮い俊<BR>
        おそらくは、闘いを有利にしたい皇月家当主の密命か、手柄を立てたいこの二人の勇み足だろう。
        この娘に手を出していいのは、十五年间、数多の地狱をくぐり抜けてきた自分だけだ。
        髪の一筋、血の一滴まで『御神娘』の千华音のものなのだ。
        それを———。
        千华音の瞳が怒りに冴え冴えと辉く。
        その威に打たれた、メガネの娘は颜を上げることすらできない。
        その背が震えている。
        千华音は手を振って、『立ち去れ』と合図する。
        このような愚かな辈となど、口を闻くのも汚らわしい。一瞬でも早く、目の前から消え去って欲しかった。
        「ぎ、御意」
        メガネの娘は、弾かれるように飞び退るとツインテールの娘の身体を抱え、瞬く间に消え去っていく。
        闘いの后始末は朝までに皇月の『九蛇卵』が片付けてくれる。
        闘いは终わり、そして、静寂が访れた。
        ここにあるのは夜と月、そして対峙する二人の『御神娘』だけだ。
        これで良い。これこそが私たちに相応しい舞台だ。
        千华音は床に倒れ伏したままの媛子に向き直る。
        そして、媛子に剣を突きつけて、胸のしるしを确认すると、容赦なく死の宣告を告げた。
        「あなたを谁にも伤付けさせはしないわ。あなたは、私が杀す」
        と———。
        


        4楼2010-08-26 06:53
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